夏の連続サイコミコラム小説
「かーくん、努力を知ろう!」


  • ※このコラムは(実在の人物、団体とは多少関係ありますが、)フィクションです。



    この物語を、筋肉を求めるすべての男たちに捧げる……!


登場人物紹介

組織図




  • ◆◆◆前回までの『かーくん』◆◆◆


    サイコミを作った男・伊藤和輝(かーくん)は、やさぐれていた。
    自ら採用し、育てた部下に出世レースで追い越され、仕事を奪われ、仲間からは爪弾きにあう日々……。
    そんな彼を救ったのは、小学館から来た敏腕編集者・石橋だった。
    「かーくん、店長になろう!」
    突然の提案に戸惑うかーくん。しかし、石橋の説得がかーくんを動かす。
    「店長になれば、かーくんを追いやった葛西と長谷川よりも上の立場に返り咲けるぞ!」
    「わかりました。やってみせます!」
    サイコミを救い、読者に最高のマンガを届けるため。
    (何よりも編集長・葛西とマネージャー・長谷川を再び部下的な存在とするため)
     かーくんは、店長を目指す!!!






    石橋さんの取り出したスマホには、とあるマンガのロゴが浮かび上がっていた。


  • 『君に足りないのは筋肉だ!』


    伊藤
    「これは……サイコミで好評連載中の筋トレマンガ『君筋』じゃないですか!
    大石先生がパーソナルトレーナーとしての経験を存分に生かし!
    ガリと太っちょ両方の主人公を登場させることで筋肉に悩むすべての人が読めるマンガになっています!
    そうか!
    俺に足りないのは筋肉! 筋肉があればすべてが解決する!
    葛西さんも長谷川さんもあの小生意気な高橋くんもひとひねりだ!
    わかりました! 石橋さん!
    俺、鍛えますよ!
    そしてあいつらの首をきゅいっとねじってやりますよ!!!」


    石橋
    「違います」


    伊藤
    「え?」


    石橋
    「僕が言いたいのはそういうことではありません。
    いいですか、伊藤さん。
    筋肉は一日にして成らず。毎日の積み重ねが大切です。それは、マンガも同じ。
    一枚一枚、一コマ一コマ積み上げていかなければ、キャラクターを表現することは出来ないのです。
    ここまで言えば、伊藤さんに足りないものが見えてくるのでは?」


    俺に足りないもの……。
    画力? 経験? 混乱してきたぞ……。
    回りくどいことはいいから、早く教えてくれよ! 石橋!



    石橋
    「それはつまり、『努力』です。伊藤さんには『努力』が足りない」


    伊藤
    「そんな……俺は、俺だって頑張ってますよ?
    努力をしてないはずがないんです。
    20代はゲーム開発に打ち込んできました。
    誰よりも多くのゲームのプロジェクトマネージャーとして雑事から予算管理まで、とにかくやれることを全部やってきました。
    サイコミを作ってからも同じです。
    未経験ではありましたが、マンガのことを一つ一つ学びながら、今までやってきたことと組み合わせて少しでも良くしようと頑張ってきたつもりです。
    俺は、努力をしてきたはずです……!」


    石橋
    「それは、努力ではありません」


    伊藤
    「え?」


    石橋
    「努力というのは、毎日怠らないこと。そして、結果を出すこと。
    結果が出ていないのであれば、それは努力じゃないんですよ。
    正しい努力はいつの間にか生活に溶け込み、その人だけの武器となる。
    もしも、伊藤さんに努力に裏打ちされた武器があれば、葛西さんや長谷川さんにその地位を奪われることはなかったはずです」


    伊藤
    「じゃあ、俺がやってきたことは……」


    石橋
    「頑張り間違いです」


    がんばり、まちがい……。
    そんな……俺は……俺がやってきたことは、すべて無駄……。
    価値の無いことだったのか!?



    伊藤
    「俺の人生って……」


    石橋
    「安心してください、伊藤さん。
    無駄ではないんです。伊藤さんは色々なことをやってきました。
    でも、やりきること、やり続けることが出来ていなかった。
    筋トレを通じて、不断の努力を身体に覚え込ませましょう!」


    ――数日後


    後日、俺は編集部に呼び出された。
    そこには見慣れない爽やかな男が怪しげなゴムの束を持って立っていた。

  • 爽やかな男
    「ふふ……このゴムの堅さ……最高だな。いい筋肉への刺激になりそうだ……」


    伊藤
    「(なんだろう、この怪しい人……)」


    石橋
    「あ、先生、到着なさっていたんですね!」


    先生!?


    石橋
    「先生、紹介しますね!
    こちら、今回の企画でトレーニングする伊藤さん。
    伊藤さん、こちらが『君筋』の作者、大石ワタル先生です!」


    えっ!?
    この人が漫画家!? 漫画家ってもっと不健康そうな感じじゃないの!?


    と、完全な偏見に満ちた感想が思い浮かんでしまったが、言い訳をさせてほしい!
    俺は漫画事業部の人間ではあるが、ずっと管理側の業務を行ってきた。
    面と向かって漫画家と話す機会はほとんどなかったのだ!
    それ故に……この方が漫画家の先生と知った今……俺は、猛烈に緊張している!



    伊藤
    「は、はじめまして……サイコミの伊藤です」


    おずおずと手を出すと、大石先生は俺の手を握ってくれた。
    サイズは俺と大して変わらない。しかし……なんだ、この安定感は!?
    達人同士は握手しただけで互いの力量がわかるという……。
    しかしこれは、達人じゃなくてもわかる!
    だって……感触が全然違うんだもん!



    大石ワタル 先生(以下、大石)
    「……どうかなさいましたか?」


    伊藤
    「い、いえ! さすがは漫画家さん。いい腕をなさってるなと思いまして!」


    大石
    「ふふ……伊藤さんこそ、その身の内に良い『肉』を感じますよ」


    伊藤
    「肉!?」


    大石
    「はい。素晴らしい『肉』の持ち主です」


    石橋
    「それでは、あとは担当の麻生さんにお任せします。先生、麻生さん、伊藤さんをよろしくお願いしますよ!」


    石橋さんは笑いながら去っていった。
    途端、俺はアウェイの陣地に一人残されたフォワードの気分になった。
    担当の麻生は葛西の右腕とも言われる編集部のリーダー的存在。
    俺から見れば、魔王に従う四天王のひとりのようなものだ。
    そして、繰り返し言うが漫画家の先生とはほとんど話したことがない。
    実に不安だ!



    麻生
    「じゃあ、はじめましょうか。先生、こちらが伊藤さんの体組成です」


    麻生が取り出したのは現在の俺の体組成。
    体重や体脂肪率、筋肉量が示されている。



  • こうしてみると俺、結構太ってるな……。
    大石先生が俺の体組成をじっと見つめている。そんなに見ないでくれよ……恥ずかしいじゃん……。

  • 大石
    「なるほど……体脂肪率はわずかですが基準値を超えてますね。
    でも、筋肉量はかなりありますね。
    ふふ……僕の目に狂いはありませんでした。
    伊藤さん、何かスポーツなさっていたんですか?」


    大石先生、よくぞ聞いてくれた!
    俺はちょっとドヤ顔で応える。



    伊藤
    「実は、高校まで器械体操をしていました。インターハイに出場したこともあります」


    そうなのだ! すごいだろ!
    ちなみに、入社当初はバク転もできたのだ!
    (その後頭から落ちてあばらを折って全治3か月かかったけど)



    大石
    「それは素晴らしい。むしろこちらが取材をお願いしたいくらいですね。
    もともと上半身もきれいですし、しっかり鍛えればかっこよくなると思いますよ。
    今回は『店長』を目指されるということで、頼りがいのある体を作っていきましょう」


    漫画家さんって頑固なイメージがあったけど、すごく話しやすい!
    俺は、自分の緊張がほどけていくのを感じていた。
    と、その時。大石先生の瞳がギラリと光った。



    大石
    「この経歴なら……追い込んでも大丈夫そうですね」


    嫌な予感がする……。
    まだ運動していないのに、大粒の汗が一筋、背中を伝い落ちていく。



    大石
    「では、今回のトレーニングメニューをお伝えします」


    どすん……。


    鈍く重い音と共に大石先生が取り出したのは、見慣れないゴムとペットボトルだった。


  • 伊藤
    「こ……これは……?」


    大石
    「伊藤さんにふさわしい、適度な負荷ですよ……このチューブとペットボトルで、普段は鍛えづらい筋肉に負荷をかけていくのです。
    ちなみにチューブは量販店とかネット通販で買えます。
    ペットボトルはおうちにあるもので大丈夫です」


    丁寧な解説、ありがとうございます!
    ……俺としては、どんなトレーニングをするのか不安で仕方ないけど。



    大石
    「今回、僕が用意したのは計5メニューです!」

  • ※さらなるトレーニングの詳細を『君に足りないのは筋肉だ!』スペコンにて展開予定!



    大石
    「では、いっしょにやってみましょう!」


  • 一通り、大石先生の前でフォームを確認しながらやってみた。
    確かに、普段は動かさない箇所が動く感触がある。



    大石
    「回数やメニューをこなすよりも、きっちりとしたフォームで行っていただくことを大切にしてください。
    トレーニング箇所以外の場所が痛くなったら一度休むのも大切です」


    懐かしい、筋肉痛直前の鈍い疲れが感じられる。
    これは効きそうだ。しかも、思ったよりはきつくなさそうだぞ!



    伊藤
    「これくらいなら、余裕ですね! 15回を2セット……30分くらいかな? 昼休みにできそうです」


    大石
    「普通の方は2セットで十分ですが、今回は約2カ月で美しい肉体を手に入れたいとのことなので、伊藤さんは3セット行きましょう。最後は回数無制限で筋肉を追い込んでください!」


    伊藤
    「え?」


    大石
    「大丈夫。伊藤さんの筋肉は伊藤さんのトレーニングという愛に応えてくれます!」


    伊藤
    「え? え? 俺、昼休みなくなっちゃう……」


    大石
    「それと、食事も気を付けましょう。
    朝昼は玄米食にして、夜はミルクプロテインだけでどうでしょうか。
    僕は残念ながら栄養士としての免許は持っていないので細かく管理は出来ませんが、脂質には気を付けて、タンパク質をしっかりとってください」


    伊藤
    「あの。話聞いてます?」


    大石
    「店長にふさわしい、美しい体を手に入れるためですからね!
    あとは、トレーニングを見てくれるパートナーさえいれば……」


    麻生
    「あ、それでしたら編集部総出でシフトを組んで監視……もとい、トレーニングを一緒に行わせていただきます。葛西編集長承認済みです」


    大石
    「それなら安心ですね。一緒にトレーニングしてくれるパートナーほど得難いものはないですよ」


  • 伊藤
    『君筋』の名台詞じゃねえか!


    (後編に続く!)

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