夏の連続サイコミコラム小説
「かーくん、努力を知ろう!」

  • ※このコラムは(実在の人物、団体とは多少関係ありますが、)フィクションです。



    この物語を、筋肉を求めるすべての男たちに捧げる……!

登場人物紹介

組織図


  • ◆◆◆前編のあらすじ◆◆◆

    サイコミを作った男・伊藤和輝(かーくん)は、自らを出世レースで追い越した葛西と長谷川を再び部下的な存在とするために、新たな役職・店長を目指すことになった。
    そのために小学館から来た敏腕編集者にしてコンサルタント・石橋が提示した試練は『筋トレを通じて努力を知ること』!
    早速、『君に足りないのは筋肉だ!』の作者・大石ワタル先生監修のもとで、かーくんは筋トレを開始する!
    果たしてかーくんはムキムキマッチョの体を手に入れられるのか!?

  •  
    筋トレ開始・一週間




    俺はやった。やってやった。
    毎日、昼休みを犠牲にして筋トレをし続けた。
    大好きなラーメンの誘惑を断ち切り、ミルクプロテインを飲み続けた。
    編集部の連中の協力とは名ばかりの監視……見世物になる屈辱にも耐えた。


    そんなある日のことだ。
    俺は、いつもと同じように編集部の連中に見張られながら、ランチタイムトレーニングを続けていた。

  • 葛西
    「何やってるんですか? 伊藤さん?」


    珍しく葛西が話しかけてきた。
    葛西は編集長なので、昼休みも外で作家や編集者と過ごすことが多い。トレーニングを見に来るのは初めてだった。



    伊藤
    「何って……葛西さんも承認したでしょう? 店長になるって企画の一環で、筋トレしてるんですよ」


    葛西
    「へえ。アレ、本当にやってるんだ? まあ、あんまり編集部の工数使わないでくださいね」


    ……ちょっと、カチンと来た。
    ちなみに「工数」とは簡単に言えば作業量のことである。
    通常は仕事の時間内に行うものだけを数えるべきであって、昼休みは工数外だ。
    つまり、俺のこの活動は工数外だし、わざわざ葛西に嫌味を言われる必要はないはずだ!



    葛西
    「とはいえまあ、伊藤さんもかわいそうなんで、みんな出来る範囲で手伝ってあげてね。伊藤さん、頑張ってるからさ」


    編集部一同
    「うーっす」


    かわいそうってなんだよ、かわいそうって……。
    そんな目で俺のことみてたのかよ。
    マジでむかつくな、こいつ……。



    葛西    

    「伊藤さん、頑張ってくださいね。応援してますから」


    まあいい。無視だ無視!
    俺は目を閉じて、ただ回数だけを数えることにした。




    さらに筋トレを続けること・一週間



    報告がある。
    俺にはもはや、監視は必要なくなった。
    編集部の誰に見張られてなくても、俺はちゃんとトレーニングを続けている。
    ストイックとは、俺のためにある言葉だろう。
    もう、葛西にはあんな顔をさせない。
    編集部の工数なんて、一秒も使ってないんだからな。


    その結果……!




  • 体重は順調に減った。他の数値はまあまあだが、食事制限直後にはよくある停滞である。
    ドヤ顔の俺の前にいるのは、もちろん大石先生だ!
    なお、大石先生の隣には、打ち合わせのために編集長の葛西と担当編集の麻生がいる。
    二人とはこの一週間仕事以外で口をきいていない。
    これもすべて筋トレのためである。
    筋トレとは己との戦い。馴れ合いなど不要だ。



    大石ワタル 先生(以下、大石)
    「やはり、筋肉量を維持したまま減量をするのは難しいですね。でも、この短い期間でこれだけ体重を下げられたのは伊藤さんの努力の賜物です! 素晴らしいですね! 念のため、タンパク質を意識してとってみてください」


    予想通りの評価である。
    俺は独自にトレーニングについて調べていた。
    食事にタンパク質が足りていないことにも気づいていたのだ。



    伊藤
    「それならすでに対策を用意してあります!」


    そう。俺には秘策があった。
    何を隠そう、俺の趣味は料理! 特にキャンプ飯には自信がある。
    極限の状況での保存食……かつタンパク質がたっぷりとれるものと言えば……これだ!

  • 葛西
    「えっと……これは……?」


    伊藤
    「よくぞ聞いてくれました! 自作の鳥ササミと砂肝の干し肉です!」


    麻生
    「え? 伊藤さんこれ食うんですか?」


    伊藤
    「全然食べますよ! 噛めば噛むほど味が出ますし! 自作なので、リーズナブルかつ無添加!」


    大石
    「確かに、どちらも高タンパクでビタミン豊富です。塩分だけ気を付ければ、最高の補助食品になりますよ!」


    さすが先生、わかってる!
    最初は戸惑っていた葛西と麻生も先生に呼応するかのように追従してきた。



    葛西
    「まあ、努力はすごいですね。伊藤さん、さすがですねぇ」


    麻生
    「いやほんと、伊藤さんすごいなあ」


    二人はようやく、笑顔になる。
    だけど……なぜだろうか?
    俺には二人の笑顔がつくられたもののように感じた。
    なんだ、この感じは。
    俺だけがボタンを掛け違えているような、この違和感は?


    どことなく釈然としない思いを抱えていると、会議スペースの横を石橋が通りがかった。



    石橋
    「あ、大石先生お疲れ様です。お? 例の伊藤さん筋トレの打ち合わせですね? 伊藤さん、経過はどうですか?」


    伊藤
    「見てくださいよ石橋さん! 俺の筋トレ結果! 順調ですよ! 結果も出てますし、もう頑張り間違いとは言わせませんよ!」


     石橋は俺の体組成表を手に取り、じっくりと検討して一つ頷く。



    石橋
    「……なるほど、うまくいってますね! 『努力』が形になってきたみたいだ」


    大石
    「筋トレは、やればやっただけ返ってきますからね。伊藤さんのストイックさには僕も見習うべきところがあります」


    おお。石橋と大石先生は認めてくれた!
    それなのに、葛西と麻生はやけに静かだ。
    なんか、感じ悪いな……。

  • 葛西
    「さてと、そろそろですかね……」

    麻生
    「あ、はい。大石先生、次回の打ち合わせに行きましょう!」


    二人は立ち上がると、大石先生を連れてフロアから出て行ってしまった。
    もう取材は終了。これからは作品の打ち合わせだからここでおしまいということなのだろう。
    理屈でわかってはいるが、少しさびしい。
    まあ、元から距離はあるのだが、それにしたってなんなのだろう?
    あいつらのあのよそよそしい感じは……。


    俺は自らに生まれた不安を打ち消すべく、いつも以上に明るい声を出した。



    伊藤
    「あいつら、どうしたんですかね? あ、わかった! 俺があまりに順調だから嫉妬したんですね! いやー。葛西さんも麻生さんも、心が狭いんだから……」


    笑いながら石橋を見ると、その表情は固まっていた。



    石橋
    「これは……まずいですね」


    え?


    伊藤
    「まずいって……干し肉がですか?」


    石橋はささやかなボケを無視して、絶対零度の視線で俺を見つめた。



    石橋
    「これは、僕がミスってしまったかもしれません。
    伊藤さん、葛西さんたち二人が出て行った理由、わかりますか?」


    俺は沈黙で応えるしかなかった。だって、全然わからないんだ……。
    でも、何か答えなければ。俺は必死で回答を探す!



    伊藤
    「えーっと、おなかがすいたから?」


    石橋は首を横に振り、深く嘆息した。



    石橋
    「正直、伊藤さんの力を見誤っていました。Cygamesでプロジェクトマネージャーを務める人は、多少過酷な状況でもやりきる。筋トレはとても順調だ。そのこと自体は素晴らしい。だからこそ、問題が浮き彫りになってしまった」


    問題? どこに問題があるっていうんだ?



    石橋
    「この筋トレ企画は、伊藤さんが様々な壁にぶつかりながらも努力する喜びに目覚めていく……というところに面白みがありました。だからこそ、企画として成立していた」


    伊藤
    「それでいくと……面白みはありますよね?
     俺、壁にぶつかりましたよ? 努力する喜びにも目覚めましたよ?
    それなりに停滞期もありましたけど、工夫でそれを乗り越えました。
    俺は、すべて順調ですよ!?」


    石橋
    「そこですよ! 伊藤さんだけが順調じゃ、何も面白くないんです!」


    え!? 面白く、ない!?
    俺、お笑い研究部の部長なのに……(部員が少なくて廃部になったけど……)。
    毎週バラエティ番組見て、お笑い芸人のラジオを聞きながら筋トレしてるのに……。
    面白く、ない……。



    石橋
    「葛西さんと麻生さんが去ったのは、面白くなかったからなんです。マンガ編集者というのは面白いことにはすぐに飛びつき、面白くないことからはすぐに離れてしまいます。
    伊藤さんが大好きなラーメンも我慢して、みんなが深夜対応で夜食にピザを食べていても目もくれず、休日にも干し肉を作ってストイックにやっている。
    伊藤さん一人で勝手に成功したからって、彼らは面白く感じないんです」


    雨の日も、晴れの日も。
    更新日も、トラブル対応の日も。
    会食があってもデートがあっても。
    俺は、筋トレを欠かさなかった。
    それもすべては不断の努力をこの身に刻むため……。
    昨日よりすごい俺になって、店長になって、葛西と長谷川を再び部下にするためだった。
    それなのに……。



    伊藤
    「俺が成功して、何がいけないっていうんですか? 俺、ちゃんとやりましたよ? 成果も出てるし、ちゃんと企画になってるはずです。俺、面白かったはずです。あいつらが嫉妬してるだけじゃないですか?」


    俺は必死に弁解した。
    この努力の日々まで否定されたら、俺はすべてを失ってしまう。
    そんな気がした。



    石橋
    「編集部の誰も、筋トレしてないじゃないですか」


    伊藤
    「え?」


    石橋
    「伊藤さんのやってることは伊藤さんにとって面白いのかもしれません。でも、周りにはその面白さが伝わってないんです。
    最初、編集部は全員で支えると言っていました。実際に毎日誰かがトレーニングに付き合っていた。何人かは一緒にチューブやペットボトルを持っていた。
    でも、いつしか誰もやらなくなり、伊藤さんは一人になってもやり続けた。
    これって要するに、伊藤さんは誰にも筋トレの面白さを伝えてないってことですよね?」


    俺の脳裏を、この二週間が走馬灯のように駆け廻る。
    確かに、最初は周りに人がいた。
    だけどいつしか、俺は一人になっていた。



    石橋
    「やっぱり、上に立つ人間は、面白さを伝えられないとダメなんですよ。僕自身もそうですが、マンガ編集者というのは面倒な存在です。
    権威にもルールにも従わない。彼らが従うのはただ一つ、面白さだけなんです。
    伊藤さんが漫画事業部の事業部長を続けられなかった理由……それは、面白さを伝えられなかったから。だから、伊藤さんは編集部をまとめきれなかったんです。
    どれだけ一緒に働いていても、一緒に面白がれなかったんですよ。そりゃあ、仕事をしていてもしんどいですよ。その結果、事業部長は交代した……。
    僕自身逃げていましたが、伊藤さんには努力以上に、足りないものがあったんです……」


    俺の全身を、痛みが貫いた。
    物理的なことは何も起きていない。
    石橋の言葉が、俺が目をそむけていたあの記憶を呼び起こしたからだ。
    葛西たちが離れていった、あの日。
    葛西たちとの溝が出来てしまった、決定的なあの日のことを。
    ……俺は今でも昨日のことのように覚えている。
    だけど、俺は今の今まで、そこから目を逸らしていた
    葛西たちに認めてもらえなかった自分という、情けない過去から。
    そして、本当の理由から。



    石橋
    「どんな管理職も、現場に認められなければ管理職であり続けることは出来ません。僕にも似た経験はあるからわかります。だからこそ、伊藤さん……あなたは変わらなければならない」


    俺は、変わらなければならない。
    それは、分かっていた。
    でも、どうすれば変われるのか。
    どんなふうに変わればいいのか。
    想いは声にならず、俺は石橋を見つめた。
    俺は、どうすれば……。

  • 石橋
    「伊藤さん、他人に興味を持ちましょう。そして、自分のやっていることの面白さをもっと伝えて、周りを巻き込んでください。『店長』って、そういう仕事です。面白さを外にもなかにも伝えて、みんなを巻き込んで、世の中をもっと楽しませる仕事なんですよ」


    人に、興味を持つ……。
    俺は、興味を持っていたはずだ。
    なのに、いつからだろう。
    自分の殻に閉じこもって、自分だけ良ければそれでいい、自己中心的で周りに無関心な、嫌な奴に成り下がっていた。



    石橋
    「今の伊藤さんは、彼みたいです。サイコミで連載中の、とあるマンガの主人公」


    そうだ。俺は、まるで……。

  • 伊藤
    「無関心くん……」


    石橋は一つ頷く。



    石橋
    「でも、無関心君はとあるイベントを経て、無関心(むせきこころ)になります。伊藤さんの次の試練が決まりました。伊藤さんが次に挑むべき企画は、これ以外にないでしょう」


    そう言って石橋は、とあるページを俺に見せた。

  • 石橋
    「らしくねェことやってみろよ。本当に店長になりたいならよ……」


    そうして俺は、人生初のリフティングにチャレンジすることとなった。




    To be continued…